ほとんどシングル。

未婚同居からの2女児のシングルマザー。「ほぼ」ノンフィクション。脚色あり、愚痴あり。

2015年04月

予想通り「今はちょっと待って欲しい」との返答。

やっぱりな。(心の声)

チチはバツイチ。
確かその頃離婚後1年半か2年くらいだったかな。

そもそも私と男女の関係にあることすらも
別れた奥様にはバレたくない状況だったみたい。 (そりゃーね)
残してきた娘さんはまだ小さくて、
その事で娘さんに会わせてもらえなくなるんじゃないかって不安だったんだね。

しまいに子供を引き取ったらどうなるかな〜
なんて仄めかす始末。

おーーーい。あんまりにもデリカシーないんじゃね?

お付き合い始める前に「子供が大きくなるまで結婚はできないよ」
と宣言されてた(結婚なんて私は考えてもいなかった)ので
私はそういう事情もわかった上で一緒にいたんだけど、
生まれて初めての妊娠・中絶が私に与えた影響はかなりのものだった。
 
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やっと仕事場も決まり、着々と準備を進めてほどなく
なんか変だ…。

セ・イ・リ・ガ・キ・マ・セ・ン 

え、ちょっと待ってって
実は私、前回が人生初の妊娠体験。

自分の事妊娠できない体質なんだなと
子供は諦めて仕事に生きていくとぼんやり思っていたのに。
お恥ずかしい話ですが、人生これまで避妊もテキトーにしてました(汗)
正直まぐれみたいなもんだと思ってた。
それなのになんだこれ。

チチの子孫繁栄能力が高いのか??
どうしたことか。

検査薬は陽性反応。

悶々とした日々を過ごしても仕方ない。
またしても産婦人科へ。

この度は前回とは別の近所の医院へ。
そこはお産をしていないらしく、
この前とはまったく雰囲気が違いました。 

案の定、診察は「おめでた」
やっぱりな、んーどうしようと思いつつ、
この時私は「少し考えさせてください」と言いながらも
本能の部分でこの子は私が一人ででも育てると決意していたのでした。

この時点ですでにチチに対する信頼はなかったんだろうな。
チチがなんて言うかわかってたんだと思う。 
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当面の仕事を確保し(前の職場から引っこ抜いてきた)、
新しい事業に向けて着々と準備を進めて目まぐるしい日々を送っている間に
あの日の悲しい気分はどこかへ消えたかのように思って過ごしていた。

実家の狭い一部屋の片隅にカラーボックスと
小さいテーブルでこしらえた作業スペースで黙々と書類を作ったり
ロゴを考えたり、物件を探したり、予算を組んだりデータ整理したり。 

合間には前の職場のゴタゴタを片付けたり、自己嫌悪に陥ったり。
(人を管理する立場にいたが部下をほぼ道連れ状態にしてしまった)

別のテーブルではチチが同じく物件を探したり、必要機材をリストアップしたり
企画書らしきものを作ったり、twitterしたり誰ぞにメールを送ったりしていた。 

打ち合わせに出張へ行ったり、逆にこちらへ来た人と会って今後の話をしたり。

とにかく忙しくて、気が付いたら年は明けていた。

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悲しかった。
あまりにも悲しかった。

術前の診察を受けて処置を受ける間
涙を隠すので必死だった。

術前処置の痛みは私に色々な事を考えさせた。
その時の気持ちははっきりとは思い出せない。

正直たいした事ないだろうと思っていたのに。
この悲しさはいったいなんなんだろう。 

出産を経験後の今なら
私の頭とは裏腹に
お腹の子供と一緒に
「母性」は確実に育っていたんだな。と思う。
 
麻酔が切れてお腹が痛くて痛くて
迎えに来てもらってからも話す事が見つからない。

しばらく立ち直れなかった。 
そして手術費用の折半分も未だに受け取ってない。 
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出会って半年、妊娠発覚。

その時は前職場をやめる辞めないでゴタゴタしていた事
次の仕事の目処がまったく立っていなかったので
精神状態、経済状態も不安定、
チチの方も身辺整理が諸々できていなかったので
自らの意思で子供を諦めるという決断。 

ほとんどお世話になった事ない産婦人科
(しかも出産で評判のいい医院へ行ってしまった)
では幸せそうな妊婦さんも多く、入った時から気持ちはブルー。
ただし、自分の意思は固まっていたので迷いはありませんでした。

診察室で自分の意思を迷う事なく伝えると
先生は厳しい表情で私を叱ってくれました。

今思えば「そりゃそうだ」と思うものの
その時は自分の事でいっぱいいっぱい、
経済的な不安だらけだったので「仕方ない」と
自分を納得させて予定を粛々と決めました。

手術日当日
チチ「具合が悪いから今日は送れない。帰りは迎えに行くから」
私「いいよ。寝てたらいい」

手術費は折半、今後は避妊をするという約束はなんだったんだ。
思えばここから私が頑なになる事、意地を張る事を始めたんだろうな。

ちなみにこの頃チチは私の自宅(私の両親と同居)に入り浸っていて、私が留守でもおかまいなし。
冷静になれば色々とおかしい部分はあったはずなのに
新しく商売を始める事で前しか見てなかったのと
全職場のドロドロから抜け出した事で
チチとは「これから」という気持ちがあったので
状況が変われば改善していくものだと思い込んでいたんだよね。

(2)へ続く
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